島根県は、昭和50年代から「新島根方式」により、集落ぐるみの農業機械の共同利用を進めてきた。
これが今の集落営農推進の原点となっている。
当時は、農業機械を共同で利用することによりコストを下げ、なおかつ、ブロックローテーション(個々の水田をまとめて大きなブロックにして計画的に栽培する方式)などにより減反政策に対応していこうとするねらいがあった。
国では、減反政策による遊休水田(何も栽培しない水田)を作りたくなかったために、自給率の向上とか水田農業の確立とかいった名目で、バラマキ支援を始めていた頃だ。
これにより、かつてない多くの共同利用組合が設立され、集落の水田は活気に満ちていた。
ところが、10年もたつと、当時最先端のすぐれものだった機械も使えなくなり、組織にも少しずつアラが出始める。
気が付くと、かつての営農集団はどんどん消えてしまっていた。
島根県西部の鹿足地域に見られるような農業改良普及所による連綿とした集落営農支援が継続されている地域を除いて、島根から集落営農は消えかけていた。
そして、国の政策が集落営農へ目を向けだした今に至っても、完全に復活していはいない。
国が言う「集落営農」は、ひとつの経営体としての形を成していなければならない。
一方、島根県が定義する「集落営農」はというと、これも示された分類に該当しないものは集落営農ではないという。
みんな。どこか、まちがっていないか!?
そもそも集落営農に「こうしなければならない、こうならなければならない形など、ありはしない」のだ。
今の農村の集落には、あいまいだれど、確かに何かが近づいてくる危機感がある。
かつて農業集落は、集落自体が農業で成り立っていた。田植えや稲刈り共同作業も、祭りもそう。子供達も文化も暮らしも、豊かな田んぼではぐくまれていた。
水田の荒廃は、農業の荒廃に直結し、集落での暮らしが壊れていく。これらが維持できなくなる。
これをなんとかしよう。みんなで水田を守ろうよ。
集落ぐるみの共同農業の取り組みは、そこから出発したはずではなかったか。
今の組織の活動形態をいくつかのパターンに分類して、その中で「経営体として存続できる理想の形は、こうだ。」という意見はあってしかるべきだが、それは、あくまで事例のひとつだ。
すべての集落を、そう仕向ける意義など全くない。
あるとすれば、財布の中身が限られていて支援対象を絞らなければならない国や地方財政の方便でしかない。
つい3日前に、棚に積んであった真新しい本を開いてみた。
ずっと前に買っておいた楠本先生の「集落営農」だ。昼休みだったので「まえがき」だけ読んでみた。
わかってるね、この先生は。
今の集落営農を進める側にとって、何が大切なのか。なぜ進める必要があるのか。
その本質のところをね。
※ 「集落営農」楠本 雅弘著 税込価格:\1,800
ちなみに : 残念ながら、我が家の近くの書店には、あまりおいてないのだ。
11月11日には農事組合法人おくがの村の20周年記念式典がある。
久々に津和野へ行くことにしている。
この人達が、いまの島根県の集落営農を再燃させたツワモノたちだ。
今から再会が楽しみだ。